2017年7月25日火曜日

出穂を迎えた田んぼ & ミツバチ

田んぼでは、稲の花が咲く時期=出穂(しゅっすい)を迎えている。
稲の花
稲は花粉媒介を風の力を借りておこなう『風媒花』。蝶やハチなど昆虫の力を借りる必要もなく花は色鮮やかである必要がないため、ひっそりと咲く地味な白い花だ。
稲は、雄しべの花粉が同じ花の雌しべに付いて受粉する自家受粉の仕組みを取っているので、風さえ吹いて花粉が少しでも飛べば大丈夫で、広い田んぼで同時に一気に花が咲く稲にとっては、昆虫の訪花に左右されず安定して実を付けられる仕組みだ。じつによくできている。

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
田んぼの周囲の雑草の背丈が伸びてきたので草刈りをしている。
9月上旬の稲刈り・収穫までにあと2度ほどこの草刈を行わないといけない。暑い最中の作業だ・・(´Д`)ハァ…。
田んぼの周囲の草刈りも大変な作業だ
 草刈りをした田んぼのすぐ近くに置いた巣箱(捕獲用待ち箱)にミツバチが入居しているのを発見した。正直なところあまり期待をしていなかった場所で点検確認もしばらく行っていなかったので、草刈りに訪れるまでひと月ほど気が付かずにいた。
捕獲用巣箱から本格的な巣箱に取り換えた
こんな場面にいきなり遭遇すると嬉しくなってしまう
内部を確認すると既に10センチほど巣が作られていて、入り口にはミツバチが盛んに出入りしている。入居時期が遅いために巣がまだ小さく、今年の採蜜はできそうにないが、今後の楽しみが一つ増えた。逃げられることが無いよう大事に見守り、来年の分蜂シーズンに向けてこの群れを維持してゆくつもりだ。

こんな予想外のドラマ・ハプニングもあって、なんともウレシく、楽しい毎日だ。

2017年7月17日月曜日

キュウリは茹でて喰うべし

キュウリが旬だ。
炎天下の畑から捥いだ採りたてのキュウリは、チクチクの棘が残っていて瑞々しいことこの上ない。調味料やドレッシングなど何も付けずそのままかぶりつくと太陽の味がして美味い。豊かだぁ~贅沢だぁ~とひとりごち。なにより自ら育てたものは無農薬。安心して口にできるのがウレシイ。
採れたての生。新鮮。そのまま。
それが素材本来の味が堪能でき、一番美味いものだと長年信じて疑わなかったのだが、プロの料理人の世界では少々違うらしい。
(知らなかったのは小生だけかもしれないが)新鮮な驚きだった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

キュウリは熱湯に入れさっと(10秒~1分)茹でることで、表面の緑色が鮮やかになり、弾力のある食感に変わり、表面の雑菌を除去できる、とのこと。和食の料理人にとってはこの下処理は一般的らしい。

素人の我々には、茹でたりするとせっかくのパリパリ感・瑞々しさが無くなりそうな気がするがそんなことはないそうだ。
詳細はこちらをご覧いただきたいが、単なるキュウリの塩もみにしてもこのようにすると食感の違いは歴然だそうな。
( → まだ自らこの方法を試していないので、『~らしい』たら『~だそうだ』の表現ばかりだ)
そんなに面倒くさい下処理でもないし、おそらく失敗もないものだろう。
是非お試しあれ。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

ことはどうやら『食感』の問題だけではないようだ。むしろ食中毒の予防にあるようだ。
というのは、キュウリは表面に小さな凸凹が多いことに加え、水を弾くクチクラ層があるために雑菌を洗い落すのが難しいらしい。つまりキュウリは水道の流水でゴシゴシと手で擦って洗ったくらいでは雑菌だらけであり、そのまま生で食べるには安全でないということだ。見かけの泥・ホコリは取れるにしてもだ。コワい。
(→ きゅうりのいぼいぼは菌の塊り) 
(→ きゅうりが食あたりの真犯人)

キュウリに限らず、店頭で売られている野菜は生産現場から多くの人の手を経てきている。それぞれの現場でどのような扱われ方をしてきたのかは知る由も無い。
キャベツやキュウリなど生食が基本のものも裸で店頭に並べられることがほとんどなわけだし、店員や不特定多数の顧客が手に持って触るわけだ。そう考えるとこれらは不衛生極まりないものに違いない。他の生鮮食料品が衛生的にパック詰めされたりしているのに較べるとガードはとても甘い。
キャベツは表面の葉は捨てて中の部分を食べれば良いが、キュウリはそうもいかない。水洗いで雑菌を十分に落とせないとなれば、食中毒を避けるには専門業者並みに塩素処理するか、あるいは家庭で簡単に出来る『茹でる』しか方法は無いのかもしれない。いずれにしても食べる人がこのような実状を理解したうえで、自衛せねばらなぬ問題である。
現にキュウリの食中毒は度々起こっているから怖い。
(→ こちら ) 

そういえば昭和30〜40年代の子供のころは、キュウリは『塩もみ』したもの(・・・たしかキュウリ揉みと呼んでいたもので、酢が入っていて酸っぱかったり味噌風味のものだったりした)しか食卓に上らなかったことを思い出した。
これはキュウリを薄く切ることによって表皮の凸凹部分をなくし、十分に塩もみしてクチクラ層を破壊し、水で洗うことで、表皮に潜んでいた菌を極力除去していたのである。先人たちは科学的な理屈は分からなくとも代々受け継いできた知恵で食中毒を予防してきたのだと、今になって理解、ガッテンした。
長じて、前述のように何も気にせずにまるのまま生食しても何も起こらなかったのは、自家生産のキレイな野菜だからということもあろうが単に偶然の幸いでしかないのかも知れぬ。あるいは発症していても気にならぬ・気が付かぬくらいの軽度のものだったかだろう。

とはいえだ。自家生産生野菜を安心して口にできるというのは至上の幸福に違いなく、貨幣価値に置き換えは無理。だからね、里山生活っていうのは・・・(以下略)。

2017年7月11日火曜日

玉川里山はちみつ採蜜 今年の見込み

先日(7/9)、日本テレビて放映されたTOKIOによる「新宿DASH」は、新宿御苑に生息するニホンミツバチの話題だった。
新宿御苑内の松の木の洞に自然巣を作っている姿を紹介していた。
一見、大都市の真ん中でミツバチが生息できるのか?と思うが、新宿御苑のあれだけの広大な自然林があるので十分自生できるのだろう。銀座のビル屋上でも(こちらは西洋ミツバチだが)養蜂が行われていて、皇居や日比谷公園、浜離宮が近いため十分な蜜が集められるらしい。話題性としては十分だ。

この番組を見ていて、知人から聞いた十数年ほど前のことだったという話を思い出した。
当時彼が勤務していた(新宿御苑から近い)新宿三丁目交差点角にあった某銀行支店で、5月のある日の昼に窓ガラスにハチの大群が固まりを作ったことがあったという。分蜂群による蜂球である。とにかく人通りの多い場所で、かつ出入りの激しいATMコーナーすぐ近く。いきなり現れたハチの大群、黒々とした塊りに周囲はパニックになって、騒然としたらしい。区役所やら保健所などに連絡、駆除を依頼したり、通行人が近寄らぬようにロープを張ったり、支店の人が大変だったとか。
誰か一人でもニホンミツバチの習性を知っていれば、落ち着いて対応も出来たろうにと思うが、無理からぬことだ。
その後、人々の騒ぎをよそにほどなくして飛び去ったという。巣の適地を見つけたのだろう。(・・とにかく薬剤などで駆除されなくてよかった。いまの小生であれば、場所が近くであったなら捕獲に馳せ参じたいくらいだ)
   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
今年の捕獲シーズンはほぼ終了し、現在のところ11群れを飼育・管理している。
それぞれの巣箱では、巣作りも順調に推移しており、来月後半あたりから順次採蜜ができる見込みだ。
嬉しいことに、昨年採蜜した『玉川里山はちみつ』は全て早々と完売した。
今年もリピートのお客様からはご予約も多数いただいており、既に今シーズン採蜜見込み量の半分近くに達している。
加えて、昨年から新規取引を交渉中のあるスイーツ店では、スイーツの材料として利用してみたいとのことで、パティシエの店長さんから大口納入を打診されている(ある程度採蜜量の見通しが立ってからでないと返事できないので回答保留中だ)。

昨年たびたび発生したように、夏場の採蜜後に突然逃去していなくなることも普通にあり得るのでまだまだ安心はできない。常に大きな逃去リスクを抱えている(この息苦しいまでのギリギリ感と、リスク低減に向けた知恵の出し方がニホンミツバチの楽しさでもある)。どこまで拡大する皆さまのニーズに応えられるか甚だ心配だ。なんともウレシイ心配なのだが、楽しみにお待ちいただいている方々への責任もあるので、十分に注意しながら、慎重に蜜を取っていきたいと思っている。

ということで、今年はご予約いただいている方へのお渡しを優先したいので、現見通しでは販売を委託している各店舗に卸す分(店舗販売分)は数量がかなり限定されることになりそうである。
こればかりは自然の生き物相手のことゆえ、仕方ないとはいえ、誠に申し訳なく思います。今後次第ですが、見込みが(上振れて)外れることを祈ります。

2017年6月30日金曜日

2017プラム またまた外れ

今年も我が家のプラムはひとつも実を付けていない。大外れの年である。
本来ならちょうど今頃が収穫時期で忙しいのだが、虚しく樹を見上げてはため息をついている。
2014年は下の写真のように、枝が折れんばかりの大豊作だったのだが、その後ここ3年間(2015年・2016年、そして今年)は不作続きだ。
隔年結果にしては間が空きすぎる。不思議でたまらない。
3年前のプラム大豊作の様子(2014/6/27)
こんなに実を付けた年だった(同2014/6/27)
毎年、我が家のプラムをわざわざ買い求めに来られるお客様も、また、玉川村駅前の販売所に並ぶのを心待ちにされている方も何人もいらっしゃる。
自然の現象ゆえ、どうすることも出来ないが、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
(ブルーベリーとポポーについては、今年もたくさん実を付けているので、時期が来たらご案内・販売する予定だ)

そういえば、今年の梅も不作で、ほとんど実がつかない木ばかりだった。
この春はポリネーション(花粉交配)を担うべきミツバチの姿をほとんど見かけなかった。この地域の誰しもがそう感じていたようだ。ミツバチ激減も果樹不作の一因であるか。
ずっと後になってから振り返った時、『やっぱりねぇ・・。あの時から変だった』ということにならねばよいのだが。深刻な環境変化の予兆は、身近なところからひっそりと少しずつ現れているのかもしれない。我々が気が付かないだけかも。

・・この不安だけは的中せず、(毎年のように)大外れでいて欲しい。

2017年6月25日日曜日

ミツバチ捕獲が続く

つい先ほど、巣箱を置かせていただいている家の方からメールを頂いた。
昼過ぎに大群が巣箱に入居したと、写真付きでウレシイ連絡だった。
ちょうど入居のタイミングに、巣箱近くに居合わせたとのこと。この方は昨年も同じ場所で入居する場面に遭遇している。2年続けての入居立ち合い。何ともラッキーな方だ。
大群が飛来し、巣箱に入りつつあるミツバチ
昨日、小生がそのお宅の巣箱を確認して回った時には、いずれの巣箱にもそれらしい兆候は全く無く「ダメだなぁ~、今年は空振りかぁ・・」と虚しく帰途についていただけに、ビックリだ。

当地の分蜂入居シーズン・ピークは過ぎたものの、まだこのような予期せぬ入居があるので、嬉しい限りだ。
う~ん、楽しくて仕方がない。実はこのお宅でも一家揃ってミツバチを観察してくれていて、すっかりミツバチに魅せられている様子。不思議なものである。
    ▲▽▲▽▲▽▲▽▲
これで入居・活動中の巣箱は12箱。どの巣箱からもはちみつがしっかり採れて、その後も引き続き営巣してくれて、めでたく越年し来年のシーズンにつながると良い。
昨年は夏場に蜜を採った際、その後に気温が高いために巣が落ちしてしまい、逃去する群が後を絶たなかった。なんとも苦い教訓だった。なので今年は暑さのピーク時を避けて、ひと月ほど採集時期を遅らせるつもりでいる。

さてと、報告いただいた巣箱を見に出かけるとするか。ワクワクである。

初音屋 解体撤去される

先日、玉川村駅前の「初音屋」だった古い建物が解体撤去された。
在りし日の初音屋(2017/4撮影)


長い間、廃屋の無残な姿を晒していて、お化け屋敷状態だった。列車からも見えたし、駅前を車で通ったことがあれば、その存在を知らぬ人はいまい。
いよいよ倒壊の危険が大きくなったのであろう、つい先日解体されて今ではきれいに整地された。
2017/6/24撮影
写真左は営業中の二方菓子舗
この建物、一部のマニアにはよく知られたもので、わざわざ訪ねてきて写真を撮る人もいる。なぜこんな建物を訪ねてくるのか地元民にとっては不思議なようだ。
解体撤去されたことを知ったら、残念がる御仁もきっとおられるに違いない。

     ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

玉川村駅周辺が賑わい活気に溢れた時期は、大正末期から昭和三十年代後半である。
茨城県北西部の農林産物(葉タバコ・繭・茶・炭・薪・材木・白谷石など)を鉄道輸送するための集積駅として、玉川村駅が大正11年(1922年)に開設され、ひと・モノ・情報・カネがこの地に集まった。当然のように、運輸を担う日本通運の事務所、人を運ぶタクシー事業者、地元の金融を担う農協など、社会機能の諸施設が整備されていった。
時を同じくして、集まりくる人のために宿泊施設と飲食店が開店し、街が形成されていった。宿泊施設は多くが木賃宿である。柴田屋・平和屋などがそれだ。中には「東野屋」というやや格が高い旅館もあったという(現在のみつぎデンキの位置)が、戦時中に店を閉じている。
そして、多数の人が集まるところに飲み屋など飲食・歓楽施設ができるのは必定である。飲食店の代表格は何といっても花輪屋だろう。いまも旧店舗の建物前には大きな雨水桶があり、店名が彫り込まれている。こちらもマニアには注目度の高い建物だ。

駅の後背地人口も多い時代で、通勤通学に駅の利用客も多かったし、それに加え荷役などの仕事で集まる人々も多く、街は活況を呈した。呉服店・洋品店・酒屋・食料雑貨店・自転車屋・菓子屋・魚屋・豆腐屋・電気屋など等が立ち並び、いまの寂れ具合からはとても想像できないが確かに「商店街」があったのである。加えて、小規模ではあったが舞台小屋的な映画館も存在した。まさに玉川村駅前が栄華を極めた古き良き時代である。
Pax-Tamagawa-na。。。

『赤線跡を歩く』(木村聡 著 ちくま文庫 2002年)という本に、この時代の玉川村駅の様子が紹介されている。昭和30年発行『全国女性街ガイド』なる全国の遊里を紹介している本からの引用だ。
『全国女性街ガイド』には、玉川村駅には「特殊飲食店」略して「特飲」と呼ばれた飲食店が4軒、酌婦が17名いるとあるそうだ。ちなみに水郡線の他駅については、上菅谷宿(38名)、常陸太田(48名)、瓜連(特飲7軒)。静駅(特飲2軒、9名)と紹介されていて、駅も町並みもずっと大きい常陸大宮駅を差し置いての、玉川村駅の紹介である。いかに賑わっていたかがこれだけでもわかるというもの。
この『全国女性街ガイド』には軒数・人数だけの記述で、具体的な飲食店名は書かれていないが、ときどき写真を撮りに来ている人たちはこの「初音屋」を特飲の4軒のうちの一軒に比定しているようである。
その理由は、前述の『赤線跡を歩く』に「初音屋」が写真入りで大きく掲載されていることによる。ただこの文庫本でも、単に元料理屋としているだけで特飲と断定してはいないのだが、本を手にすれば著者の思い込みが伝わってくる内容となっている。
全国の有名どころを写真中心にして短文をつけて紹介している。
東京では吉原をはじめとして16カ所、関東各地は横浜・横須賀など14カ所、
関西は飛田新地など6カ所を紹介している。
吉原が8ページで水戸が6ページなのに、なんと玉川村駅ページは単独で4ページもある。
 だが結論から言うと、この「初音屋」の建物はここで接骨院を営んでいたアズマ(東?、吾妻?、我妻?)さんという方の個人住宅兼店舗だったものであり、特飲ではないというのが事実だ。建築当初から、贅を尽くして粋を凝らした建物として知られていたようだ。アズマ氏が廃業・転居した後、別人が小料理屋(飲み屋)部分を増築し、オープンさせたものである。昭和五十年代初め頃まで飲み屋「初音屋」は細々と営業していたので、小生の年代でもよく知っている。
ここには楼にも似た立派な二階部分と店舗裏側の座敷部分があるために、著者の木村氏はそのようなニュアンスで紹介したのであろう。
残念なことにこの特飲なる業態の話は、あまり表立っては話題にしにくい話であるために、当時の様子を知るはずの古老も(本当は知っているのかもしれないが)口が重かったり、話題を回避する傾向にあるので確かなことは不明だ。むろん文書記録などの一次資料は皆無である。

     ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

同じく駅前にある『花輪屋』は間違いなく飲み屋だった場所。こちらは女給仕が複数在籍していたことは何人もの古老の話から確かである。随分と賑わっていたとのことだ。確証はないが、こちらが特飲だったのかもしれぬ。というのは、建物の作りや装飾が、前述の『赤線跡を歩く』に紹介されている他地域の確かな建物と通ずる独特の匂い・雰囲気がある。不思議なものだ。

この花輪屋の装飾や建物前にある雨水桶は、かつての栄華を示す記念物だ。

花輪屋前にある店名が入った雨水桶
幾多の人のドラマを見続けてきたはずだ

花輪屋のガラス戸
この花輪屋店舗内でも時代を懸命に精一杯生きた無名の人々の数々のドラマがあったろう。出会いと別れ、涙と笑い、悲喜こもごもの普通の市井の人々が生きた痕跡が刻まれたろう。
だが形あるものはいつの日か無くなり、姿を消す。そして人々の記憶からも忘れ去られ、そして消えてゆく。
玉川村駅の栄華の残照として唯一の建物となった花輪屋とて、そう遠くない将来に姿を消すことになるだろう。訪れるのならば急いだほうが良い。栄枯盛衰。

2017年6月3日土曜日

ブルーベリーの花と実の不思議

我が家のブルーベリーは、一部に早生の品種があるものの、大半は7月末から8月下旬までが収穫時期となる品種だ。ちょうどいまブルーベリーの実が大きくなってきている時期。今年も豊作の予感がする。まだ青くて固いうえに、口が開いた状態であるが、びっしりと実が付いている。様子はご覧のとおりだ。
今の様子
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ブルーベリーの白い花というのは、全てが下を向いた巾着型の花である。
GWの時期が花盛り
クマバチが訪花し、興奮気味に蜜を吸っている
開口部がとても狭い構造になっている。それ故に、小型のニホンミツバチなどは花蜜や花粉がある巾着型花びらの内部には容易に入ることができない。ちょっと苦手な花だ。上の写真のように、真っ黒いフワフワの毛で覆われた大型の「クマバチ」などは、巾着を無理矢理こじ開けたり、巾着の花びらに横穴を開けたりして蜜を吸うことができるので、好んで訪花する。ニホンミツバチは、クマバチがこじ開けたり花びらに開けた穴を利用し、ブルーベリー蜜を吸い、花粉を頂いている。ちゃっかりしている。
自然界で両者は花蜜を取り合う競合相手のようでもあるのだが、このように上手い具合に持ちつ持たれつの関係になっている。
        □ ■ □ ■ □ ■ □
いつも不思議に思うのは、ブルーベリーは受粉して実が付き出すと、みな上を向いてくること。何のために花は下を向き、花びらが落ちた後はなぜ上を向くのか。上を向いて実を付ける必要性は何なのだろうか。なんとも不思議な植物の習性だ。
また、ミツバチ等によって受粉を効率的に進めたいのであれば、花は巾着型よりは開放型の方が望ましいはずだが、そうではないのはどうしてなのか。
かように自然界は興趣が尽きないことだらけ。まったく飽きることが無い。楽しい。