2012年4月30日月曜日

田植え 始まる

今年度の田植えを開始した。
稲苗のトレイを運ぶ。
軽トラは大活躍だ

水量など諸条件も程よく揃い、天候もなかなかの田植え日和ときた。
予定していた田んぼを夕方までに無事終了。

これから田植えを待つ田んぼには、シラサギが降り立ち、カエルであろうかドジョウであろうか探しながらのんびりと闊歩していた。
カエルはとてつもなく多数蠢いている。
このような鳥たちも、いまここががまさに楽園に違いない。
張られた水は澄んだ浅い。
エサが見つけ易くなっているのだろう。

2012年4月29日日曜日

代掻き 終了

今日(4/29)は一日晴天に恵まれた。
真夏日になったところもあったようだ。

我が田んぼも、この晴天と先日の降雨による潤沢な水に恵まれ、田植えの準備・代掻きは順調に進んでいる。
今日、今年の作付け予定の田んぼの代掻きはすべて終了した。
トラクターが入れない狭い田んぼは耕耘機で代掻きする
稲苗の生育も良好に推移してきている。
このままでいけば明日(4/30)、最初に代掻きした田んぼから田植え作業に入れそうだ。

この仕事は、諸々の条件が揃ってやっと行える短期決戦である。
稲苗が伸び過ぎていても良くないし、育っていなくてもダメだ。
水が少なすぎてもできない(多い分には排水して調整できる)。
気温が低すぎてもダメ。
機械の調子も整っていないとダメ。
それよりもまず、われわれ自身の体調が良くないと行えない。

どうやら皆クリアーできている。
ハードなスケジュールになりそうだが、できるうちに早めに済ませてしまいたい。

周囲を山に囲まれ、ウグイスの声がこだまする田んぼ。
ここでは生活雑水が一切混じらない湧き水だけで米が栽培される。
代掻きが済んだ後も、水位を頻繁に確認して調整する。
イチョウの新芽が大きく濃くなってきた。青空に映える。
JR水郡線上り列車・水戸行きの軌道車
車体の青緑色は久慈川と新芽を表している(らしい)

※この色の車両は水戸方・片運転台のキハ131形の車両でトイレなし。
同じ色でも郡山方・片運転台のキハ132形は郡山方にトイレ・車いすスペース付。
オレンジ色の車両はキハE130形で郡山方にトイレが付いている。

2012年4月28日土曜日

山笑う季節

ゴールデンウィークに突入し、4月もそろそろ終わりである。
なんとまあ月日の流れの早いことか。
もう1年の1/3が終わってしまうではないか。

ついこの間まで寒々しかった里山の木々も、新芽が一斉に芽吹き、山全体が淡い緑の濃淡のパッチワーク。
この季節のこの風景が一番好きだ。
(⇨ ブログ内の写真は、クリックすると大きくなり、より鮮明にご覧頂ける)
新芽の緑の中に、山桜が咲いている。
手前はJR水郡線。
タイミング良く通過する列車が入ればなお美しい構図であるのだが。
山全体がパーッと明るくなり、少しだけ重たくなった感じもする。
この情景をして『山笑う』と比喩した古代の中国の人はさすがである。

だが、この淡い新芽の色を愛でられるのもほんの数日だ。
これから季節は慌ただしく初夏に向かう。
山は薄緑色から新緑へ、そして深く濃い緑へと。
そしてすぐ暑い夏がやって来る。

         

田んぼでの作業を終えると、夕刻早めに風呂に入るのだが、窓の外からはカエルの大合唱が毎日聞こえている。
周囲がほとんど田んぼなのだから仕方ない。
うるさいほどのカエルの声を聞きつつ、しばし目を閉じて湯に浸かる。手足を伸ばす。
このような何のことはない一瞬に、田舎のゆったりとした生活の充実感を感じる。

日中の農作業による心地よい疲労だ。そして湯上がりの火照った身体だ。
風呂上がりの、冷たい麦酒は格別である。
(⇨ちなみに今夕飯のおかずは、この時期しか食べられない珍味・コシアブラの天ぷら。美味であった。)
なんという至福のヒトトキであろうか。極楽である。


 園内の様子から  

■サクランボの果樹には今年もたくさんの実が付いている。
まだ5ミリ程度の小さく緑の粒だが、予想以上の数に驚きつつ喜んでいる。
花びらとガクが落ち、幼いサクランボが現れた

■『ジャンボカボチャ』の種を播いた。できるだけ生育期間を長くしたいため、十分気温も上がってきたと判断し播種。200キロを超える巨大カボチャにもなりうるとの触込みののカボチャだ。楽しみだ。
このような巨大カボチャになるといい。
雑草を防ぐのに周囲には籾殻を大量に敷き詰めた。
■夏野菜の準備
夏野菜の苗・第一陣を購入してきた。
いよいよ植え付けだ。
ピーマン、トマト、ナス、キュウリ
■ミツバチが今花盛りの菜の花の間を盛んに飛び交っている。やっと戻っててきて少し安心した。とはいえ数は以前よりずっと少ない。全国的にミツバチが減少しているという。ここにもあてはまるのだろうか。残念ながら、いまだ我が巣箱にはミツバチ様はご入居されていない。
このようにタイミング良く写真に撮るのはなかなか難しい
■園内はいまが一番花が多い時期だ。色とりどり。
チューリップ、スイセン、菜の花、桃、タンポポ、その他多数

2012年4月26日木曜日

花見山幻想

かつて、ちょうどいまの時期に、福島市郊外にある『花見山』を訪ねたことがある。
言わずと知れた日本を代表する桃源郷であり、写真家の秋山庄太郎氏が絶賛した場所だ。
ウメ、ハナモモ、ロウバイ、何種類ものサクラ、ボケ、サンシュユ、モクレンなどが一斉に咲き揃い、付近の山々を花で埋めつくす。

訪れた日は天気にも恵まれ、ちょうど花々が満開の最高のタイミングだった。
まさに下の写真のような情景であった。
ホームページによれば、いまがちょうど見頃の花見山のようだ。
今見頃の花見山の様子(4/18)
         

ここの全山サクラは圧巻であり、あわせて咲く色とりどりの春の花が、訪れる人の心を魅了する。
・    花見山公園ガイド

これまでに有名寺社仏閣・古城のサクラ、大公園の何本ものサクラ、孤高の一本サクラなど、いわゆるサクラの名所と言われる場所は全国幾つも見てきた。
吉野山(奈良)、清水寺(京都)、高遠城(長野)、千鳥ヶ淵(東京)、上野公園(東京)、三春滝桜(福島)、一目千本桜(宮城)、小岩井農場一本桜(岩手)、北上展勝地(岩手)、弘前城(青森)・・などなど。
それぞれに趣きがあり良いのであるが、全体としてのハーモニーがとりわけ素晴らしく、身震いする程に感動したのはこの福島・花見山をおいて他は無い。

         

この素晴らしい景観を目の当たりにした時、『花見山』を我が里山にも作ろうと密かに決心したのであった。
山の高さもほぼ同程度。山裾に広がる起伏も、アプローチも似たような環境にある。
ここ茨城よりずっと北に位置し、冬も厳しいはずの福島でできているのだから、ここでもできぬはずはない、と思った。

しばらく人の手が入ることが無かった我が里山であり、その整備に時間がかかってはいるものの着実に進んでいるという実感はある。
花見山のように花が全山を覆い尽くすにはまだ何年もかかるが、その姿をイメージしつつ少しずつ作業をしているのが毎年の冬場だ。

来るべき日に植樹するつもりで買い求めたサクラの苗木は、100本をゆうに超えている。
それぞれの苗木は、樹高も幹周りも昨年より一段と立派になり、今年もたくさんの花をつけた。
これらを徐々にではあるが植樹してゆくつもりだ。
現実には、ある程度の形になるのは何年も先の話ではあるが、我が頭の中は既に満開花盛りの設計図が完成している。
この(わが頭の中に咲き乱れている)花は常時満開で、決して散ることは無い。

         

花を愛でるとき人は皆心穏やかであり、幸福を感じる時であるはずだ(余程偏屈な人でない限り)。
この景色を目にする人たちに幸福なひと時を味わってもらう、そんな場所がここで提供できたら嬉しいと考えている。
あくまで、まだまだ幻想でしかないのだが。
いまは少しの山桜が咲くだけの風景だが
いつかこの山々が花で埋まる日が来る(・・はずだ)
JR水郡線の車窓からも眺められる(・・はずだ)

2012年4月24日火曜日

シュレーゲルアオガエル

田んぼの代かきに合わせて、田んぼの周りの道『畦(あぜ)』とか『畔(くろ)』とも)の草刈りを行っている。
田の畦の土中がちょうど良い環境なのであろうか、俗にいうアマガエルの卵がしばしば現われる。
卵白を泡立てたメレンゲ状のフワフワした白い物体。

昨年の同時期にも同じ記録をしている。この地域ではこの時期がどうやら旬のようだ。
・   2011/04/25 ブログ  アオガエルの卵

今日は白い塊をつついたところアオガエルが飛び出てきた。
子育て中の彼らにとっては迷惑なことだったろうが、こちらも仕事だから致し方ない。
アオガエルと卵の泡
土中に卵を生むのがシュレーゲルアオガエル(Wikipedia シュレーゲルアオガエル)だ。
似た者にモリアオガエルがあるが、こちらは木の枝に卵を産みつけるという。
かなり明瞭な違いだ。
したがってこれはシュレーゲルアオガエルに間違いはないだろう。

         

我が家では省力化のため近時は行っていないが、畔張りという作業をきちんと行っている農家がある。
畦道を泥で綺麗に塗り固め、防草効果と水漏れ防止を図るものだ。
代かきに先立ち畔の近くの土だけをトロトロにし、有る程度泥が落ち着いたところで丁寧に泥を畔に乗せて左官よろしく丁寧に表面を均してゆく。
実に労力が掛かる作業であるが、見た目にも美しいし、何よりも畦道の維持が良くできる。
何もしていない畦道
畔張りの準備が整った状態
畦道に乗せる(塗る)泥が適度に固まっている
専用の鍬で泥を乗せて綺麗に均した状態
しないよりしたほうが良いに決まっているが、さりとてこれをしたことによる限界効用はどれほどのものか、と考えると割に合わないとの考えから、最近は我が家では実施していない。
(先代までの農業では、実に丁寧にこの作業をしていた。そしてこの綺麗になった畦道に黒豆を植え付けたりしていたのをふと思い出した)

         

この作業の専用機も開発されているが、高価な農機具である。
とても費用対効果は望めない。
トラクタも、田植機も、稲刈り機も、最近の農機具はどれも皆高性能であり、かつ高価だ。
この程度の規模の農家では間違いなく割に合わない投資である。

ではあるが、導入している農家も多い。
彼らにとっては、農家が抱える問題を解決するにはこれらの導入しか道がないのであろう。つまり作業者の高齢化・担い手不足だ。
農業を続けることを諦めるか、割に合わずとも機械化するか、の択一を迫られた結果だ。

各人の置かれた環境や、農業に対する考え方、さらには生き方・哲学にも依るのであるから、一概にどれが正解というものではない。

昨年からTPP問題が騒がしいが、そんなことが問題になるはるか以前から、じわじわと衰退してきている中山間地域の小規模農業の現状がある。
放っておけば確実に荒れる田畑である。
行政の舵取りもたいへんに難しいが、何よりも農家自身があと10年後の自分たちの姿を見据えた行動をいまから心がけることではないのか。

さて、これからどうなる。そして、どうする。。
実に困難な問題を突きつけられている。

2012年4月23日月曜日

万物生

週明けは雨の朝で始まった。

         

先日20日の朝日新聞の天声人語でこの時期に降る雨を『万物生(ばんぶつしょう)』と呼ぶことを知った。
『(20日は)春雨が百穀を潤す、という穀雨(こくう)にあたる。草木は甘雨に煙り、稲作農家は苗作りや田起こしに励む。この時期のお湿りは万物生の異名のとおり、生きとし行けるものに生気を与えてくれる』(2012/4/20 天声人語)

まさに我が家でも苗作り・田起こしの最中であり、周囲の木々の芽吹きも一斉に始まった。
代かき   今年は水が潤沢でよかった
苗もかくのごとく生え揃ってきた
モノトーンだった山では木々の芽吹きも始まり、すこしずつ色彩が変わってきた。
自然界の万物の内部にいままで充満していた『気』が、いっぺんに爆発したようなエネルギーを感じる。

         

サクラは終わりつつあるが、スモモ・山吹・桃・菜の花がいま真っ盛り。
田んぼのカエルの鳴き声も煩い程になってきた。
色彩的にも、聴覚的にも、いっぺんに賑やかになったこの里山の春である。
いつもの里山も眺める方向によってはこのような色とりどりの構図となる
ツバメも飛んでいるのを先々週あたりに確認した。
また去年に続き、巣作りが始まるのだろう。
原発事故があっても、地震があっても、忘れずにこうやってまた来て、生の営みが始まる。健気だ。
         

ただ心配なこともある。
例年であればこの菜の花の中を煩いぐらい飛び回っているはずのミツバチが全くといっていいほど見当たらない。
寒い日・雨の日がまだ続いているからであろう、と思いたいのだが。
このままでは、ミツバチ捕獲作戦がまた空振りに終わってしまう。

仮に、めでたくミツバチが巣箱に入ったとして、ハチミツ搾りは秋以降だ。
まだまだ遠い夢のようだ。
なんとまあ、気の長い娯楽であろう。
自然相手の仕事は辛抱、辛抱。
これもまた田園の愉しみのひとつだ。

2012年4月17日火曜日

金スマひとり農業 5度目の春SP

先週13日にTBS系列で例の『金スマ ひとり農業スペシャル』がまたまた放映された。
・        2012/04/13放映 金スマSP(youtube)

半年ぶりのスペシャル番組であり、この間の渡辺ヘルムート氏の常陸大宮市山間部での出来事がたっぷりと紹介された。

バラエティー番組として編集されているので、彼の地での彼の農業生活の一部がダイジェスト版となって紹介されているのだが、それら前提を割り引いてみても、いろいろと農業を行う際の苦労の一端がよくわかると思う。

                             

映像をご覧頂くとわかるが、山間の狭い土地で農作業をすることは、平坦で広大な土地で大規模に行うのとはまた違った苦労がある。
自然を相手にするのは、なかなか大変なのである。
農業を生業にされている専門農家の方の中には、この番組に対しては若干の非難もあるようだが、ひろく一般の視聴者の方に(多少の誤解は生ずるとしても)、農業の大変さ・素晴らしさを知らしめるのにはこのような方法もありかな、と思う。
これはテレビ番組としての構成であるから、一般の農家では使うことがないもの(各種の重機類)や、ノウハウがないもの(コンニャクづくり・炭焼き・家づくりなど)が、確かに多いのは気になるが目をつぶろう。

従来は、農業従事者側からの情報発信がなかなかなされず、それが生産者側と消費者側の意識のズレを広げてきた一面がある。
農業者の代表のようなJAがそれなりに広報活動してきてはいるが、伝わる範囲は限られてしまっているのは否めない。
その点、TBSはさすがにマスメディアである。
この番組が視聴者に与える影響は大変に大きなものだと思う。
この企画はある種の素晴らしい農業プロパガンダである。
半年に一度程度の放映でも、他のメディアも敵うまい。
この番組を見て、視聴者のうち0.001%、ほんの何人かでも、このなんとも創造的で知的生産活動である『農業』に興味を持つ人が出てきたら、それは素晴らしいことだと思う。

                             

今回の放送の中で、渡辺氏は生のコンニャク芋を生で食べて大変苦しんだ場面があった。
(このことは大変危険なもので、決してやらせではないと思う。
が、あの苦しむ様、緊急を要する局面を撮り続けたスタッフはいかがなものかとは思う・・)

知らないということの恐ろしさを痛感する映像だったろう。
これまで先人たちの長年の体験から学習し蓄積された知恵は伝承され、生命の危険から身を遠ざけてきた。
この時代にはそれらを科学的な裏付けがないものとか、単なる言い伝えとして遠ざけてきたことも多少あるだろう。
何よりもその知恵を生かす局面が、実生活では体験できない暮らしになって久しい。
人間がどのような環境になっても生きてゆく知恵は、渡辺氏の田舎暮らし・農業生活のような実体験をしてみないと本当の意味では身に付かない。
その意味においても、この暮らしは価値あるもの・紹介されてしかるべきものだと思う。

何かにつけTBSという大組織の裏付け(資金力・労働力など)がないとなかなかできないイベントばかりではあるのだが、それがこの番組の大切なコンセプトであろうから、単純に楽しむべし、である。
ベッキー女史をして『わぁ~、これいいぃ~』とか『すてきぃ~』などと何度も言わせるだけの強烈な訴求力がないとだめなのだ。
彼女たちのその声の多さがこの番組のメルクマールかも知れない。

                             

近いうちに新居も完成するだろう。
ご両親も奄美大島から引っ越して来られるであろう。
ご両親を交えた新しい企画も取り入れて、都会には当たり前にあるものが何もない田舎の不便さと農の愉しみを今後もひろく伝えていってほしいと思う。

                             

余談だが、またこのブログへのアクセスが13日の金曜日の夜に突出した。
ひとり農業の場所を調べておられる方がとても多いようだ。
(このbloggerは検索されたキーワードが調べられる分析機能が充実している。また、どの都市からのアクセスかも統計がとれるようになっている。実にすばらしい機能だ)
暇な方は、Googleマップの航空写真で、常陸大宮の山間部をくまなく探してみたらいかがであろうか?
最寄駅はJR水郡線・玉川村駅であることは、番組内でも紹介されている(奄美大島からご両親が来られて、駅に降り立ったのが放送されたが、あれはJR水郡線の玉川村駅である)。
かつての古い家の青い屋根がなくなっているのが今のgoogleマップの航空写真だ。
常陸大宮市は全地域かなり精細な航空写真で写されているので、これでも見る人が見たら分かりはするだろうが、(テレビで映った)地上のイメージからだけでは、残念ながらかなり困難であろうと思われる。。

2012年4月16日月曜日

コシヒカリ苗 生育中

今月初めに、コシヒカリの種籾を田植機用のトレイに播種した。
外気は寒暖の差がまだ大きいのでビニールハウスの中に並べている。
晴れた日にはムッとするくらいの気温になる。
過度に暑くなりすぎないよう、ビニールハウス内の温度調整をしつつ、適宜撒水する作業を続けている。

およそ半月経過した稲の苗は、このような状態になっている。
順調に生育しているようだ。
(生育にムラがどうしても生じてしまっているのは致し方ない。このムラもあと半月もすれば植えるに支障がない程度になるので、気にしない)
均一に土を入れ、種籾を播き、水分も同じように与えても
生育にはムラができてしまう。。
平行して、田んぼの準備も進めている。
今月には適度な降雨があったため、田植え前の水不足はなさそうだ。

今年の田植え作業の目標は5月の連休。
あと半月。しっかりと苗が育ってくれるのを祈っている。

         

昨年秋に一度花を付けた『ジュウガツザクラ』が再び咲いている。
・  2011/11/07 ブログ サクラ咲く
年に2度花を付ける品種だ。
ソメイヨシノのような花のボリュームはない、ちょっと寂しくもあるサクラだが、気に入っている。
再び咲いたジュウガツザクラ

2012年4月12日木曜日

思わぬ発見 大メノウ

田んぼ脇の水路の泥払いをしたことは先のブログに記した。
・   2012/02/13 ブログ
そのとき掘り出した泥の中からメノウを発見したことも記した。

先日、田んぼを回っていてこの掘り上げた泥の中から、2月に見つけたものとは比べ物にならない程大きな、近年まれに見る大メノウを発見した。

あのときには泥が付いていて単なる礫だと思ったのだろう。見過ごした。
あれからの雨で泥が流され、その鮮やかな色が乾いた土の中に光っていた。
ずっしりと重たいメノウだ
大きさはW-18cm、D-10cm、H-4cm。
かなりの大きさである。そしてなにより明度が高い。
外面はやや黒ずんでいて多くの凸凹が認められる。
太古の昔、地中のずっと深いところで岩盤の中にメノウ脈として入っていた痕跡であろうか。
この田んぼの周辺には、このようなものがまだまだ埋もれているに違いない。

         

これだけ大きなものを見つけたからといって、特別価値があるシロモノでもないし、なにがどうということもない。
ないのであるが、なにかしらやっぱり嬉しい気分になる。

またひとつ新しいメノウが、軒下コレクションに加わった。

2012年4月11日水曜日

桜花雑感

テレビの気象予報コーナーなどで、桜開花日が話題になって数日。
あっという間に桜前線が北上している。

先週末、東京周辺での桜満開のニュースと、かなり肌寒かった中で大勢の花見客の酔狂に、やっとことしもその季節が巡ってきたなと思った。
ここ茨城北部では、蕾が膨らんだ程度で開花までにはまだ数日かかりそうだ。
やはり今年は例年よりもだいぶ開花が遅れている。

寒い中であっても上野の森にあれだけの花見人が出ることや、そして満開の桜の花を見て美しいと感じている(のであろう)のは、本居宣長が詠んだ『敷島の大和心〜』のDNAの片鱗が潜んでいるからなのだろうと思う。

         

桜の花には気品がある。そして優雅さがある。
だからであろう、近時カタカナ名の外国産の(色も形も派手な)花が多いが、これらの花を含めて他のどの花よりも桜が『日本人』の美的感覚に訴える。

ヨーロッパ人が好む薔薇を、その精神性において日本人は到底共有できないのではないかと思っている。
桜の花が持つ純真性が薔薇には決定的に無い(と思う。この純真性故に戦前は愛国心の象徴にされたりもしたのだが)。
薔薇の艶やかな色、濃厚な香り、いずれも桜にはない特徴だ。なによりも甘美さの蔭に棘がある。

花の散り方ににしても格段の違いがある。
桜は、大自然の意のままに、決して逆らうことなく、いつでもその花の命を捨てる用意がある。
一方の薔薇は、勝手な解釈だが、何というか『生』への執着なり『存在感』を主張する精神文化がとても強く色濃く反映された花である気がする。

いずれにしても好みの問題である。いずれが良い・悪いということではない。
嗜好の域に立ち入る不毛なコメントは差し控えたい。

         

我が園内の桜の花も開花はまだ先であるが、サクランボの花は満開になっている。
サクランボの2本の木は花が満開だ
品種は佐藤錦。
昨年は例年になく豊作であったが、数日間の内に見事に鳥に食べられてしまった。
・     2011/05/30 ブログ
さて今年はどうであろうか。。たのしみである。

2012年4月8日日曜日

田起こし

今年の稲作の序章が既に始まっている。

月初めには種籾を水に浸した後、専用土をいれたプレートに播種。
ただいまビニールハウスで育苗中である。
芽がほんの僅かに土粒の間から顔を出している
一方の田んぼでは、水を溜める前にトラクターで土を掘り返し柔らかくする田起こし作業が、ただいまピークである。
(田植えと稲刈りは、万人がイメージし易い目立つ農作業イベントではあるが、この作業だけが稲作ではけっしてなくて、むしろその前後の作業のほうが実は格段に大変だ)
稲の切り株が姿を消して行く
         

トラクターの侵入を待つ田んぼの隅の水たまりには、卵から孵ったおびたたしい数のオタマジャクシが泳いでいる。
やがてトラクターは、土とオタマジャクシを一気にかき混ぜてしまう。
一見無慈悲な行動であるが、彼らはとても逞しく、僅かな水たまりや水分のある隙間ででもしたたかに生き伸びる。

ほんとうであれば、彼らを掬って傍を流れる水路にでも放してやりたいのはヤマヤマであるが、いちいちそのようなことはやっていられないのが現実だ。
この荒っぽい振る舞いは毎年のことだが、カエルが絶えて鳴き声を聞かなくなったということは無い。
生命力は想像以上に強く、心配は無用なのである。
あと数分でこのぬるま湯の天国から
環境が激変することを彼らは知らない
トラクターが通り過ぎると、次にはセキレイやシラサギが舞い降りてくる。
土中から露になった虫を啄むのだ。

このような行動は誰に教えられた訳でもないだろうに。
不思議とちゃんとこうやって何羽も集まってくる。
まったくもって、生きてゆく素晴らしい知恵には脱帽する。
・   セキレイ

         

すでに田んぼのあちらこちらから、ケロケロとカエルの鳴き声が聞こえている。
周囲の里山からはウグイスの鳴き声も時折聞こえる。
山の裾の梅はただいま満開。
田の畦には菜の花だ。
空は青空。
何とものどかな風景である。